父の四十九日、雪が舞う

 久しぶりに東京で雪が降り積もった。3,4年振りのことだ。そのときは、バスに乗って取引先に向かい、クレーム処理をしていたことを思い出す。

 よりによって、父の四十九日に雪が積もるとは。長靴は使わないので捨ててしまっていた。週末農業のために買っていた地下足袋を履いた。雪道のなか、バス停まで向かう。電車が止まってしまったようで、バスに人が流れる。電車の駅までたどり着くのに30分以上かかってしまった。

 地下鉄に乗り、寺に向かう。地下鉄も混んでいる。やむをえない、この天気では。

 寺は、神宮外苑にわりと近い。兄と私はスワローズファンだ。お墓参りをして、神宮球場に行くことはないだろうが、なにかの縁は感じる。

 なんとか、法事には間に合った。

 お坊さんが御経を読む。妻がお焼香をあげている姿をみると、妻の父のお葬式や法事のことを思い出す。当たり前だが、妻が頭を下げてお焼香をあげる姿が、その頃の姿に重なる。自分はなぜ妻と結婚したのだろう、とふと思う。結婚しなかったらどうなったのだろうか、と。今は、家族でいるのが当たり前になっている。家族でいられることへの感謝が薄れているのではないか、と思う。お教を聞きながら、なんてことを考えているのだろうか。

 お教が終わり、雪の中、父の御骨をお墓に埋葬する。妻の父のときと同じように、小さな区画にお墓を埋葬する。母方のご先祖様のお墓のようにはいかない。これが現代のお墓事情なのか、と改めて気づく。

 納骨も終わり、家族で食事をとる。娘が瓶ビールの栓を抜いてくれようとする。ところが娘は栓抜きの使い方がわからない。教えてあげて、娘はぎこちなく栓を抜いた。まあ、仕方ないことだ。普段は、ペットボトルでしか飲み物を飲まない娘のことだ。栓で蓋をした飲み物というものは、時代遅れになったということなのだろう。

 食事も終わり、無事に四十九日の法要は終わった。帰る頃には雪もやみ、普段の東京の街並みに戻っていた。

 母や兄や姉のおかげで、父の葬儀や法事は淡々と進んだ。四十九日も終わり、父はあの世へ旅立ったのだろう。

 相続の手続きは、私が税理士に依頼することになる。この法事のときに、兄や姉の戸籍謄本類を受け取った。あとは母から戸籍謄本類を預かれば、自分の分と合わせて、税理士に郵送する。

 法事も一区切りついた。これからは、相続の申告手続きに入る。着実に、淡々と。

 

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